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シルク織物の風合いは、水で決まる。
世界にはシルク織物が織られている地域が点在していますが、その中でも丹後のシルク織物は、風合いの良さと品質が高く評価されています。同じシルクでも、大きな違いが出るその所以は、精練工程に使う「水」の違いにあります。
シルク生糸の表面には「セリシン」と呼ばれる成分があり、このセリシンには一定の硬さがあります。繭から取り出された生糸をコーティングしているセリシンを落とし、繊維であるフィブロインだけを残す工程のことを「精練」と呼びます。この精練は水仕事、とにかく水が最も重要。大量の水を使う中で、丹後の水は良質であることから、やわらかく、溶けるような手触りのシルク生地が得られるようになったのです。
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水をくぐりぬけ、織物になる
丹後では、湿式八丁撚糸と呼ばれる独特な撚糸技術の際にも、多くの水を必要としてきました。乾燥を嫌うシルク生糸は、そのままで糸に撚りをかけてしまうと切れてしまうのです。糸を撚る工程においても常に水をかけ、湿らせた状態で撚ることで、丹後独特の立体感を持つ「強撚糸織物」を生み出してきました。この撚糸技術が、丹後のシルク織物の多彩な表情を支えてきたのです。
その意味では、水というものが、シルク織物の可能性を広げたとも言えます。これらの撚糸技術と、シルク織物の風合いを決定づける精練技術。多くの水を必要とする工程を幾度もくぐりぬけ、1枚のシルク織物は出来上がっていくのです。
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山と水に恵まれた丹後シルク
丹後のシルク織物の精練を一手に引き受ける、丹後織物工業組合は、工場から70mほど西にある「竹野川」の水を汲み上げ、精練に利用しています。竹野川の水は軟水で、量も豊富。この水をさらに良質の軟水に加工し精練をすることにより、しなやかで柔らかい風合いのシルク生地が得られます。その水の質が変わると、シルクの風合いも変わる。丹後シルク独特の質感・手触りは、その根本が水によって成り立っています。
古来から、精練工場はお米や酒が美味しい地域につくられることが多く、精練は良い水が最も重要であることを示しています。そして良い水は、良い山、良い地質から生まれるもの。シルクと水、水と自然環境は、常に密接に関係し合っているのです。
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水を読む、
丹後の精練職人たち。
晴れた日、雨の日。自然に左右される「水」は、当然のことながらその質が日によって異なります。丹後の精練職人は、一定ではない水の質を読み、それをコントロールすることが最大の仕事。精練水を飲む、唇に当てる…といった体感を元に、シルク生地の仕上がりを予測します。同じ種類の生地を、異なる日、異なる条件で精練しても、染色の際に同じ色に染め上がる…実はこれが、一流の精練職人の腕によるものなのです。
丹後の四季が、繊細な感性を育む。
季節の移り変わりは、一見シルク織物とは関係のないことのように思えるかもしれません。しかし、シルクはその品質が水や湿度によって左右されること、そしてその水や気候は、丹後の山・川・海といった自然環境と深く関わり合いながら成り立っていることを考えても、シルク産地としての丹後は、この環境に大きな影響を受けていることになります。
またシルク織物だけではありません。京都・丹後地方はお米が美味しい地域としても広く知られており、食味の最高ランクを連続受賞するなどの米どころ。また人口の割に日本酒の酒蔵が多いこと、カニやブリといった魚介類がおいしいことでも有名です。これらはすべて、四季がはっきりとした丹後の風土、自然、そして「水の良さ」が密接に関係しているのです。
この恵まれた自然の中で生まれ育った私たちは、そもそもの感性を、丹後の四季によって育まれてきました。丹後シルクの繊細な表現には、自然から得たインスピレーションが深く息づいています。