Release Date 2023.06.29

3.まゆのふしぎ

 生糸の原料である(まゆ)や、その繭を作る(かいこ)という小さな昆虫については、広く知られていますが、ここではそんな繭のすばらしさについて紹介します。
 蚕は卵から孵化(ふか)してからは桑の葉のみを食べ、(みん)と脱皮を繰り返して、一(れい)、二齢、三齢、四齢、五齢と成長して大きくなり、お腹の絹糸腺(けんしせん)に糸となるたんぱく質がいっぱい溜まった熟蚕(じゅくさん)になると三日三晩をかけ、不眠不休で自分の周りに糸を吐き出し、殻を作り上げます。これが繭です。そして蚕はその繭の中で(さなぎ)となり、さらに10日~14日後には成虫の蛾となり、繭の糸層を押し広げて外へ出てきます。外へ出たらすぐに交尾をし、卵を産み付けたら間もなく死んでしまいます。約45日という短い一生です。
 一方、繭を作っている繭糸は二つのたんぱく質で出来ています。一つは“フィブロイン”と呼ばれ、結晶性で水には溶けない強度の高い繊維状の成分です。もうひとつは“セリシン”と呼ばれ、非結晶性で水に溶ける糊状の成分です。そしてその繭糸の断面は2本のフィブロインをセリシンで包み込んだ1本の糸の形状となっています。蚕の口から吐き出された軟らかいセリシンが2本のフィブロインを接着して1本の繭糸を形成していくのです。

図.1 繭糸の断面図

図.2 繭糸の透過図
 もとより蚕は人間に絹糸を提供するために糸を吐き出して繭を作るのではありません。繭は蚕が羽化(うか)するまでの住み家なのです。周りの外敵や紫外線・風雨などから内部の小さな命を守り、かつ快適な住環境を保ってくれるシェルターなのです。強度の高いフィブロインと親水性で湿気を吸ったり吐いたりするセリシンとを組み合わせて快適な住空間を作るシステムは、古くからの日本建築とよく似ています。フィブロインは家を支える丈夫な柱や梁に相当し、セリシンは外と遮断しながら室内の温湿度を調整する土壁や茅葺き屋根と同じような役割を果たしています。何気ない自然の営みの中に人間の知恵のはるか及ばないシステムが出来上がっていることを思うと、「自然ってすごい!生き物ってすばらしい!」と感じさせられます。