Release Date 2020.12.01

1.シルクとは

シルクとは

 シルク(絹)は、蚕が繭を作るために自分の口から吐き出す繊維のことです。桑の葉を食べて十分に成長した蚕は、蛹からさらに蛾へと変態する過程において、周囲の環境から自らの命を守るためにシェルターの役割をする繭を作ります。われわれ人間はその繭から繭糸をほぐして引き揃えて生糸を作り、シルク繊維として利用しているのです。

 繊維の分類上でいえば、たんぱく質でできた動物由来の天然繊維であって、長さの非常に長い長繊維(フィラメント糸)にあたります。
 家蚕は桑の葉のみを食べて成長し、きれいな白い繭を作ります。天蚕、柞蚕、エリ蚕などの野蚕は屋外で飼育されクヌギやナラなどの葉を食べて、緑色や褐色などの繭を作ります。体内に蓄えたたんぱく質を口から糸状に吐き出して繭を作る点はいずれも同じですが、得られる繭や糸の色、形状、物性などの性質は大きく異なります。

形状的、物理的特徴

 蚕の吐糸した1本の繭糸はとても細く(直径約20ミクロン前後、繊度約2.8デニール)、かつとても長く(1個の繭の糸の長さは1,200~1,500m)、その断面は2本のフィブロインと呼ばれるたんぱく質と、その周囲を包み込んでいるセリシンと呼ばれる膠(ニカワ)状のたんぱく質との2層構造をしています。(図.1繭糸の断面形)


図.1 繭糸の断面形
「繊学誌」35、P-24、1979

 フィブロインは繊維としての本質を担っている部分です。繭糸重量の約75%を占め、断面は角の丸い三角形状をしており、結晶性が高くて水には溶けず、強度が高い特徴を持っています。ちなみに、生糸の引張強度は約4g/デニールと非常に高く、単位断面積当たりの強度で比較すると針金の強度に匹敵します。

 このフィブロインは全体が均質な状態ではなく、1本のフィブロインは約1000本のさらに細いフィブリル(微細繊維)が束上に収束された状態になっています。そしてこのフィブリルはさらに細い多数のミクロフィブリルが収束された状態の微細構造をなしています。このフィブロインの微細構造こそがシルクが柔軟でやさしい風合いや優美な光沢を有している基本要素となっているのです。詳しくは「シルクの光沢感」のコーナーで述べます。

 繭糸をアルカリ性水溶液の中で加熱処理をすると、全体の約25%を占めている外側のセリシンが溶解除去され、2本のフィブロインが出現します。このセリシンを溶解除去してフィブロインを出現させる加工処理を「精練」といいます。実はこの精練で得られる効果こそが、繊維の女王とも呼ばれるシルクの製品の卓越した品質が生まれるうえで、非常に大きな働きをしているのです。
 その効果は、もともと1本であった繭糸が半分以下の太さの2本のフィブロインに分かれることによるフィラメントの本数倍増・細繊度化効果と、25%のセリシンが除去されることによる重量減少・空隙増大効果との2つの効果です。前者は、同じ太さの糸で比べれば1本のフィラメントの太さが細ければ細いほど、またフィラメントの本数が多ければ多いほど、糸や布は柔軟で手触りや光沢もよくなり、染色した色の深みも増します。また後者は、特に後練織物におけるふくらみや優れた風合いに大きく影響しています。

化学的特徴

 繭糸はフィブロインとセリシンという2つのたんぱく質でできています。たんぱく質はアミノ酸が重合して得られる高分子であり、たんぱく質の種類やその性質は構成するアミノ酸の組成や分子構造などにより多種多様です。(表.1絹のアミノ酸組成(%))

アミノ酸の種類 家 蚕 絹
フィブロイン セリシン
アラニン 32.4 4.0
グリシン 42.8 8.8
チロシン 11.8 4.9
セリン 14.7 30.1
アスパラギン酸 1.7 16.8
アルギニン 0.9 4.2
ヒスチジン 0.3 1.4
グルタミン酸 1.7 10.1
リジン 0.5 5.5
バリン 3.0 3.1
ロイシン 0.7 0.9
イソロイシン 0.9 0.6
フェニルアラニン 1.2 0.6
プロリン 0.6 0.5
スレオニン 1.2 8.5
メチオニン 0.1 0.1
シスチン 0.0 0.3
トリプトファン 0.4 0.5

表.1 絹のアミノ酸組成(%)
有本、「繊機誌」33、P-73、1980

 フィブロインはグリシン、アラニンなどの小さくて無極性のアミノ酸が多数を占めているため、線状高分子が束状に集積して結晶化しやすく水にも難溶となり、繊維としての強靭さのもととなっています。それに対してセリシンは、セリン、アスパラギン酸、グルタミン酸、スレオニンなどの側鎖の大きな極性アミノ酸が多くを占めているため、結晶化しにくく親水性で、水にも溶けやすくなっています。この水溶性の差を利用して、精練においてセリシンのみを除去することが可能となるのです。

 繭は蚕が蛾となって命をつないでいくためのシェルターであり、そのシェルターを外敵から身を守るために強靭なものにするのがフィブロインであり、生活空間の快適化のために水の侵入を防ぎかつ湿度や通気性を保つのがセリシンです。そんな繭糸をシルク繊維として私たちの身にまとうことは、いかにも自然の摂理にかなったことと考えられます。